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晦日蕎麦

 

まいど、おおきに、常務の辻井です。

早速ですが「一年間ありがとうございました。」

今日は日曜日ですが2014年の最後営業日です。
営業日と言っても、みんなで大掃除!

2015年は1月5日より通常通り営業いたします。
どうぞ来年もよろしくお願いいたします。

今年も最後に先日、画像修正した美味しい御蕎麦をご紹介!
天盛りそば元 ▲修正前天盛りそば▲修正後

今回、御入稿データは、そんなに悪くない写真でしたのでシャドウと中間とライトを調整し、バックに木目を入れさせていただきました。

 

御蕎麦で「晦日そば」が気になりググってみました。

「つごもりそば」とも言い、大晦日は「おおつごもり」で「年越し」そばとなる。
関東地方の伝説では江戸時代に関東三長者として、小金・増淵・東金の三家の話が伝えられているが、東金茂右衛門という人は寛永頃といわれ、月の終わり、年の終わりには、必ず一家揃ってそばを食べたという。世間では寿・禄・福にあやかるため、晦日そばの慣わしをはじめるようになったという。

 

もっと、ググってみました。

● もともと年越蕎麦は節分だった?
『蕎麦事典』(新島繁著)によると、本来「年越しそば」というのは節分に食べるそばの事だったそうです。節分に年越しそばとはちょっと違和感を感じるかもしれませんが、旧暦だと節分と元日の間は、ほんの数日しかありません。昔は節分も年末年始の行事の1つだったみたいです。

● 毎月たべる晦日そば
年越しそばに似た言葉に、「晦日(みそか)そば」というのがあります。今は、みそかといえば、12月31日大晦日(おおみそか)のことですが、江戸時代には、毎月の最後の日を晦日(みそか)といいました。実は、江戸時代には、毎月の晦日にそばを食べる習慣があったのです。もともとは、商家で、月末は集金や棚卸しでいそがしかったので、出前をとって使用人の労をねぎらったということだったらしいのです。なぜそばだったのかというと、出前をたのめるということもあったでしょうが、やっぱり同じ出前を頼むとしても、寿司や鰻に比べれば安いということだったのではないしょうか。明治になって、毎月の末日を晦日という言い方が廃れ、年末の大晦日だけになってしまいました。それにともなって、そばを食べる晦日(みそか)も、年末の大晦日だけになってしまいました。

今年、最後の出勤なのでランチに、みんなで御蕎麦を食べようと言うことになり、いつもお世話になってる「かく谷老舗」さんへ行こうと思ったのですが、みんな大掃除でドロドロ(^_^;)このままでは行けないなぁってことで、近所のスーパーへ「生蕎麦」を買い出しに。。。

売ってない。。。

と、言うことで「どん兵衛」の天ぷらそばになりました。(笑)

15393久しぶりに食べたけど、美味しいw

改装しておりました応接間もキレイになりました。15394お気軽に、お立ち寄りくださいませ。お待ちしております。

大掃除も無事に終わり、よい一年でした。
これもひとえに皆様のおかげです。来年も御贔屓賜りますようお願いいたします。

「皆さま、よいお年をお迎えくださいね♪」

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